医療・介護データの有効活用に向けた課題(スライド)

近年、医療・介護の公的データの拡充が進んでいます。代表的なものに、医療のレセプトデータ等を格納したNDB(ナショナルデータベース)と介護のレセプトデータ等を格納した介護DB(介護データベース)があります。日本のほぼ全ての住民をカバーする圧倒的な規模のデータです。しかし、これらが有効に活用されているかというと、大きな疑問符がつきます。実証研究を行う研究者の観点からは、現状、データ利用の手続きのコストが大きいことに加えて、政策に有効な分析を行うのが難しいという問題があります。

具体的に、なぜデータの活用が難しく、また、データがあればどんな分析ができるのでしょうか。先日、社会保障改革を進める国会議員の方々に、「医療・介護データ活用の課題」について、改善(案)を含めてお話しさせていただきました。ご参考にその時のスライドを共有します。日本の公的データは、潜在的には極めて強力なデータであり、政策への有効活用が強く期待されます。

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メタボ健診の保健指導。制度の再設計を。

保健指導の対象となると、翌年の健康指標は改善する?

皆さんは毎年メタボ健診を受けていますか?健診で、男性の場合腹囲が85cmぐらい、女性は90cmぐらいだと、メタボ健診の保健指導の対象になりやしないかとひやひやしますよね。もし仮に、保健指導の対象となったとすると、翌年の腹囲や体重が減少したり、健康リスクが改善したりするのでしょうか

そのような問題意識から分析を行った私たちの研究が、医学のジャーナル(JAMA Internal Medicine)に掲載されましたのでご紹介します共同研究者:福間真悟(京都大学准教授)、津川友介(UCLA助教授)。

結果を先にお話しすると、保健指導の対象となると翌年の腹囲や体重が減少するものの、効果は限定的(-0.4%)で、心血管のリスク要因の改善は見られませんでした。

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論文はこちら。どなたでもダウンロードできます。

jamanetwork.com

保健指導の効果は必ずしも明らかではない

特定健診(メタボ健診)は2008年に我が国で導入された健康診断で、内臓肥満の予防を目的としています。40歳以上75歳未満全員が受診を義務付けられており、年間2800万人以上が受診しています。毎年500億円以上の費用がかかっているとされますが*1保険者や受診者の負担等を考慮すると、その何倍もの規模であると想定されます。しかしながら、今までメタボ健診および特定保健指導が健康改善につながっているかに関しては明確ではありませんでした。

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メタボ健診では、腹囲の基準値(男性85cm、女性90cm)を上回り、かつ血糖値、血圧、コレステロール値のいずれかが基準値を超えている等の場合、生活習慣の改善にむけた保健指導の対象となります。*2。今回の分析では、保健指導の対象となることで、翌年の腹囲や体重、心血管のリスク要因が改善するかを分析しています。

特定保健指導の効果についてはいくつか先行研究がありますが、その効果については必ずしも明らかではありません。既存の研究の多くは、保健指導を受けた人と受けなかった人を比較し、保健指導の効果を推定してきました。

しかしながら、保健指導を受けた人と受けなかった人は、保健指導以外にも多くの違いがあると考えられます。例えば、保健指導を受けた人は、そもそも健康志向の高い人であったかもしれません。その場合、仮に保健指導を受けなかったとしても、健康状態が改善した可能性があります。つまり、単純に両者を比較するだけでは、保健指導の効果を正確に把握することはできないのです。

腹囲85cmを「ギリギリ上回った人」と「ギリギリ下回った人」を比較

今回の我々の研究では、近年経済学で多く用いられている、不連続回帰デザイン(Regression Discontinuity Design:RDD)という因果推論の分析手法を用い、保健指導の対象となる効果をより厳密に分析しています。分析では、腹囲の基準値(男性85cm)を「ギリギリ上回った人」と、「ギリギリ下回った人」では、保健指導の対象となる確率が大きく異なる一方で、健康状態やその他の要因は、基準値の前後で連続的に変化すると考えられることを用いています。*3

データは、全国規模保険者に所属する約7.5万人の健診データ4年間分を用いています。分析対象者の数が十分であった男性を主たる分析対象としました。

まず、1年後の体重、BMI、腹囲の変化をデータで見てみましょう

今年の腹囲(横軸)が85cmをギリギリ超えると、翌年の肥満に関する指標(縦軸)が下方にジャンプすることがわかります。保健指導の対象となることで、肥満に関する指標が改善することが示唆されます。ただし、後ほど推計結果をお示しするように、このインパクトは比較的小さいものにとどまります。

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次に、心血管リスク(血圧、血糖、脂質)の変化を見てみましょう

こちらは、先ほどのグラフと異なり、85cm前後で明らかな変化はありません。保健指導の対象となっても、心血管リスクは大きく減少しないことが示唆されます。f:id:toshi_iizuka:20201009112236p:plain

推計結果から分かったこと

より厳密な統計的手法(RDD)による推計結果は、上記のデータのプロットから示唆される結果と同様でした。要約すると:

  1. 特定保健指導の対象(実際に指導を受けなかった人も含む)となることで、翌年の体重、BMI、腹囲に減少が見られました。しかしながら、そのインパクトは小さく、いずれも約0.4%の減少にとどまりました。また、これらの効果は短期的で、3年後には観察されませんでした。
  2. 保健指導の対象者の中で、実際に保健指導を受けた人の割合は約16%にとどまりました。これらの人々に対する保健指導の効果は上記よりも大きく、体重、BMIに約2%の減少がみられました。
  3. 一方で、翌年の血糖値、血圧、コレステロール値といった心血管のリスク要因については、実際に保健指導を受けたか否かにかかわらず改善効果は観察されませんでした。

 実際の推計値はこちらです

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括弧内は95%信頼区間を表します。

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括弧内は95%信頼区間を表します。

注意!結果があてはまるのは、腹囲85cm周辺の人のみ

今回の分析では、回帰非連続デザインという手法を用いました。この手法では、ある閾値(腹囲85cm)の前後で、保健指導の対象となるかならないか確率が大きく異なることを利用し分析しています。そのため、今回の分析結果は、あくまで腹囲が閾値周辺の方にのみに当てはまることに注意が必要です。言い換えると、腹囲がより大きい人に保健指導を実施した場合、より大きな効果が得られるかもしれませんが、今回の分析からはわかりません。今後、腹囲の基準が今のままでよいのかどうかを含め、検討が必要です。

エビデンスに基づく制度の再設計を

今回の研究では、特定保健指導によって、軽度の肥満改善を認めましたが、心血管リスクの改善は認めませんでした。現在の特定健診・特定保健指導制度による健康アウトカムの改善は限定的であると考えられます。

保健指導の効果が小さい理由としては、比較的健康な人々が多く保健指導の対象に含まれていることが考えられます。保健指導対象者を抽出する際の基準値が比較的低く設定されている可能性があります。今後、より費用対効果の高い保健指導の実施に向けて、基準値が現状のままで良いのか、検討が必要です。

また、保健指導の対象となっても、実際に保健指導を受ける人は約16%と、低い値に留まっていました。どうすれば保健指導を受ける人を増やせるかについても検討が必要です。保険者や個人に対するインセンティブの再検討や、行動経済学の知見を活用するなどが考えられます。

同様に、どのような保健指導がより効果的なのかについても検証が必要です。その際、効果の検証が可能な形で指導方法を比較すること、すなわちエビデンスに基づく検証が求められます。

 

*1:https://www.mhlw.go.jp/jigyo_shiwake/dl/teigen_04_06.pdf

*2:より正確には、腹囲が基準値を下回っていても、BMIが25以上で、血糖値、血圧、コレステロール値のいずれかが基準値を超えている場合も保健指導の対象となります。ただし、血糖値、血圧、コレステロール値改善のために服薬している場合は保健指導の対象となりません

*3:保健指導の対象となるかどうかは、腹囲基準値以外の要素(例えばBMI)も関係しているので、実際の分析ではFuzzy RDDの手法を用いています。

エビデンスに基づく医療政策(EBPM):データ整備の課題

EBPM(Evidence Based Policy Making)という言葉を最近よく聞きます。エビデンス(証拠)に基づき政策立案すべし、ということです。証拠に基づかない政策立案って何?というツッコミはさておき、医療政策においてもEBPMの重要性が指摘されています。

その土台となるのは何と言ってもデータですが、その整備が近年目覚ましく進んでいます。例えば、全国民の医療の診療報酬の明細データ(レセプトデータ)を格納するNDB(ナショナル・データ・ベース)の運用が2013年から始まりました。

一方で、有用なエビデンスを示すために必須のデータが、実はなかなか得られないという問題もあります。そこで、エビデンスに基づく医療政策立案の進展に向けて、今後のデータ整備の課題を3点あげておきたいと思います。

 所得がわからない

 第一は、医療サービスの利用者の所得が、おおまかなレベルですらわからないことです。わが国においても、近年所得の格差の拡大が懸念されています。過去の研究から、所得の低い人々に対しては、医療費の自己負担の上昇が、健康に悪影響を及ぼす可能性が指摘されています。*1 医療データを所得データと紐づけで分析することが重要です。

 医療の「質」のデータが不足している

 第二は、医療の「質」に関するデータが不足していることです。諸外国では、医療機関別の手術後の生存率等の情報をウェブで簡単に検索できますが、日本では質の情報の作成や公表には消極的です。結果として、政策の効果が医療の質に及ぼす影響を分析することが難しい状況です。全ての病院や介護施設等を対象に、統一的な質指標を作成し医療の質の情報を公表することが必要です。

 他のデータとリンクできない

第三は、現在整備中の医療・介護のデータベースでさえ、他のデータとリンクして使えません。外部のデータだけでなく、政府が保有する医療施設や医師のデータとさえリンクできません。

その理由の一つは個人情報の保護とされます。現状、データを不適切に利用した場合のペナルティが比較的弱いため、データ提供の度合いを制限せざるを得ないのかもしれません。しかし、様々なデータとのリンクなしで政策立案に有用なエビデンスを示すことには大きな限界があると感じています。不適切利用に対する罰則強化等の施策とセットで、より広く柔軟にデータ利用を認める方向に舵を切るべきでしょう。

 

より詳しくはこちらからどうぞ

https://www.ihep.jp/wp-content/uploads/2020/04/Vol.31_No.2_2019_1.pdf

*1:代表的な研究に米国で1970年代に行われたRAND Health Insurance Experimentがあります。