実は、2004年の医師の新臨床研修制度導入の際も、同様の「医師引き揚げ」が懸念されました。筆者らは、新研修制度導入が、地域の病院勤務医数の減少、病院・病床数の減少、死亡者数の増加につながったことを示し、論文が Health Economics 誌に掲載されました(東京大学渡辺安虎氏と共著)。大学病院における医師の働き手が突然変化した点で今回の「医師の働き方改革」と共通点が多く、分析からの示唆を寄稿しました。
次に、少額の自己負担が価値の高い医療(high-value care)と価値の低い医療(low-value care)に及ぼす影響を分析しました。近年の研究では、人々は医療の価値を必ずしも正しく認識せず、結果として、価値の低い医療を過剰に利用したり、価値の高い医療を過小に利用したりする可能性(Behavioral Hazard)が指摘されています(Baicker et al. 2015)。
価値の低い医療の例としては、不適切な抗生物質の使用への影響を分析しました。医学の論文では、気管支炎や喘息の子供に対する抗生物質の使用は不適切とされます(Fleming-Dutra et al. 2016)。分析から、自己負担をゼロとせず、少額の自己負担(200円/回)を課すことで、不適切な抗生物質の使用が約18%減少することがわかりました。言い換えると、子供医療費をゼロとすることで、価値の低い医療が大幅に増えることが懸念されます。
Baicker, Katherine, Sendhil Mullainathan, and Joshua Schwartzstein. (2015) “Behavioral Hazard in Health Insurance.” Quarterly Journal of Economics 130(4): 1623–1667.
Feudtner et al. (2014) “Pediatric complex chronic conditions classification system version 2: updated for ICD-10 and complex medical technology dependence and transplantation.” BMC Pediatrics 14:199.
Fleming-Dutra et al. (2016) “Prevalence of inappropriate antibiotic prescriptions among US ambulatory care visits, 2010-2011.” JAMA 315(17): 1864–1873.
Iizuka, Toshiaki, and Hitoshi Shigeoka. (2022). "Is Zero a Special Price? Evidence from Child Health Care." American Economic Journal: Applied Economics, 14 (4): 381-410.
Iizuka, Toshiaki and Hitoshi Shigeoka. (2018). “Free for children? Patient cost-sharing and healthcare utilization.” NBER Working Paper No. 25306.
研究結果が Journal of Public Economics(公共経済学のトップジャーナル)に掲載されましたので概要をご紹介します。(共著者:西山克彦: University of North Carolina at Chapel Hill、Brian K Chen: University of South Carolina、Karen Eggleston: Stanford University)
まず、基準値越えによる血糖値の低下がどの程度死亡リスクを低下させるか、リスクエンジン(リスク予測モデル)を用いて推定します。リスクエンジンとは、血糖値や血圧、コレステロール値等の健康指標やその他のリスク因子(年齢、性別など)を入力すると、糖尿病による死亡や合併症発症の確率を計算してくれる予測モデルです。論文では、Quan et al. (2019)のモデルを使い、*3基準値をギリギリ下回る平均的な人々について、図4に示されるHbA1c値の減少が、5年以内の死亡リスクをどの程度低下させるか計算しました。